本文
学校紹介
概要・位置
学校の概要
1 地区概観
諏訪市四賀地区は、諏訪湖の南に広がる平坦部の東山沿いに位置し、上川流域の平坦部と山沿いの傾斜地によって構成されています。地区構成は、上川以東の武津・細久保・普門寺・桑原・神戸地区、上川以西の赤沼・飯島地区に新しく沖田地区が加わり8地区となりました。
四賀の歴史は古く、鎌倉・甲州西街道が四賀地区の山沿いを南北に通り、街道沿いには、歴史を語る多くの史跡や神社仏閣があります。多くの遺物を出土した古墳時代の遺跡、諏訪武士団が「いざ鎌倉!」をめざした鎌倉街道、戦国時代のつわもの共の栄枯盛衰を偲ばせる桑原城址や頼重院があります。
伝統古い仏法寺の祭礼は、子どもたちの楽しみの一つです。また、「手長様と足長様」・「白狐の狐」等の民話で知られる足長神社や白狐稲荷社、江戸時代の五街道の一つとして参勤交代の大名行列や旅人の往来した甲州街道、そして一里塚や道標石碑、その他多くの史跡や文化遺産は、いずれも諏訪の歴史を語る上で欠くことの出来ない存在です。
現代になると、新しい交通機関の進歩とともに中央東線・国道20号線が四賀地区を南北に開通しました。昭和16年には、四賀村が諏訪市に合併し、四賀地区の集落・産業等を中心とする変貌が急ピッチで始まりました。
第二次大戦後までは上川沿いの肥沃な平坦地における水田耕作、山沿いの傾斜地を利用した桑園や果樹園を中心とする純農村地域であった四賀地区も、大戦後には、諏訪地域の新産業都市指定にともない、関係した工業分野の発展とともに大きく変化しました。諏訪市近郊という土地条件による工場や住宅の増加、さらには自動車交通等の発達により、飲食業や交通関係の会社・スーパー等が進出し、消費生活面でも年とともに便利になりました。
生活面で特筆すべきことは、四賀地区の長年の願いであった温泉引き込み工事が進み、各地区に共同温泉が設置されたことです。最近では各所に湯口が設置され、全家庭のみならず学校でも温泉の恩恵を受けられるようになったことです。しかし、平成16年度から学校では施設の老朽化と、源泉からの距離が遠くて温度が下がってしまい、お湯として利用できないという理由から、使用されていません。校内には、ガス湯沸かし器が設置されました。
さらに、中央自動車道の開通は、諏訪地区の産業・文化・生活に大きな影響を与えきました。特に諏訪インター付近では、赤沼・飯島・沖田地区の開発が急ピッチで進められ、近年大型店の進出には目を見張るものがあります。
このように、古い歴史と伝統のある四賀地区は、交通機関の整備、産業の急速な進歩の中で、これからも大きな変化と飛躍が期待されています。
2 位置
標高 海抜796m(四賀小学校位置指標石碑)
東経 138°8′30"
北緯 36°0′57"











