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諏訪市文化センターの建物と緞帳

記事ID:0003237 更新日:2020年12月2日更新 印刷ページ表示

諏訪市文化センターの建物と緞帳(どんちょう)についてご紹介いたします。

諏訪市文化センター(旧北澤会館)
竣工1962年(昭和37年)
設計吉田五十八

 諏訪市文化センター外観の画像
 この建物は、北澤工業株式会社(後の東洋バルブ株式会社)の社員の福利厚生施設として1962年(昭和37年)に建設されました。1977年(昭和52年)に諏訪市の所有となり、現在まで引き続き市民の文化活動に活かされています。
 設計者であり建築家の吉田五十八(よしだいそや)氏(1894年-1974年)は、「日本芸術会館」や「歌舞伎座」等の設計を手掛けた近代数寄屋建築の創始者で、1964年(昭和39年)には文化勲章を受章しています。
 この建物の特徴は、日本の伝統様式をコンクリートの現代建築に融合した吉田氏の独創的な発想が、存分に生かされている点にあります。演出によって間口が伸び縮みする舞台機構、それを覆う屏風(びょうぶ)型の大緞帳(どんちょう)、六角形の客席ホールはきわめて珍しい構造となっています。
 ロビーの天井に貼られた金箔、朱色と黒色の漆塗りの客席扉など、随所に和の豪華さと雅を感じさせる造りもユニークで、舞台には、東山魁夷(ひがしやまかいい)画伯による《清暁》(せいぎょう)と杉山寧(すぎやまやすし)画伯による《昇る陽》(のぼるひ)の緞帳(どんちょう)もあり、現代日本画二巨匠の緞帳作品を揃って鑑賞できる点も貴重です。
 日本の近代建築史において高く評価される建物であり、後世に受け継ぐべき諏訪市の貴重な文化遺産といえます。
 2014年(平成26年)には、国の有形文化財に登録されています。

緞帳《清暁》

1965年(昭和40年)綴織幅27m×高さ7.8m
緞帳制作:川島織物

緞帳(清暁) 
 諏訪市文化センター(旧北澤会館)のホールを飾る緞帳(どんちょう)《清暁》(せいぎょう)は、東山画伯と親交のあった地元の実業家北澤國男氏の依頼により制作されました。
 東山画伯は全国各所の緞帳(どんちょう)を手がけていますが、毎回なるべくその土地の関わりのある題材を描こうとしたといっています。この作品にも諏訪市のシンボルともいえる湖の情景が選ばれています。長野県の県木である白樺が前景に描かれ、かすかな芽吹きと満開のこぶしが、春の訪れを伝えています。夜明け前の澄んだ大気と、山国の春の明るさが画面をこえて広がっていくかのようです。織り上がりを想定した鮮やかな色彩と横長の構図が鮮烈な印象を高めています。
舞台両袖までを覆う三方掛け27メートルの大緞帳は、全国でも異例のスケールと形状となっています。原画の魅力を引き出すために色糸の数は400~600種類にのぼり、こぶしの花や白樺の幹などに金糸や銀糸が織り込まれ、華やかさがかもし出されています。

緞帳《昇る陽》

緞帳(昇る陽)
 諏訪市文化センター(旧北澤会館)のホールを飾る緞帳(どんちょう)《昇る陽》(のぼるひ)は、杉山画伯と親交のあった地元の実業家北澤國男氏の依頼により制作されました。
 この作品は、杉山画伯によると、対象として明るい希望を感じさせ、かつ雄大な規模のものをと思い、朝陽の映す大空が選ばれ、描かれています。主題は、日輪(にちりん)と曙光(しょこう)に、朝雲と連山を配し、左右への広がりを考えて象徴的に構成しています。緞帳の日輪は、直径7尺(2m強)あり、金糸で浮き出させ曙光を如実に表しています。杉山画伯は、「緞帳は独立した画面というよりも、建築装飾として考えなければならない性質上、周囲との調和に意を用いたつもりである」といっています。
 なお、諏訪市美術館にはこの《昇る陽》の原画である日本画が所蔵されており、緞帳とともに見ごたえのある作品となっています。

諏訪市文化センターパンフレット /book/list/book79.html