【諏訪上社 大祝諏方家住宅】-そこには“諏訪の現人神”がいた-

【諏訪上社 大祝諏方家住宅】-そこには“諏訪の現人神”がいた-

最終更新日:2018年12月6日(木曜日) 11時03分 コンテンツID:2-11-126-10361

明治維新を経て神官の世襲制度が廃止されるまで、諏訪明神の依り代として諏訪社の頂点にあった役職「大祝」とその居館について紹介します。



大祝とは

・大祝(おおほうり)とは、諏訪明神の依り代(よりしろ-神霊が宿る対象物)・現人神(あらひとがみ-生き神様)として、
諏訪社(上社・下社)の頂点に位置した神職です。
・上社大祝は、古代から近世末に至るまで世襲され、「諏方(すわ)氏」を名乗りました。
・中世までは、諏訪の領主として政治権力も握っていましたが、江戸時代に入り、「藩主諏訪家」と「大祝諏方家」ができ、
完全に政教分離がなされました。
・明治維新で神官の世襲制度が廃止されたため、大祝職も廃止されました。
・生き神様を祀る信仰が存在し続けた諏訪社は、全国的にも珍しいといわれています。





 



大祝諏方家住宅について

・大祝の居館は「神殿(ごうどの)」と呼ばれ、神聖な場所とされていました。
・中世までは前宮の麓にありましたが、遅くとも安土・桃山時代には現在地に居館を構えました。
・これに伴い、周辺に宮田渡(みやたど)と呼ばれる集落が形成されました。
・居館は江戸時代後期に焼失し、天保年間(1830~44年)に再建されました。
・再建当時は約3,000坪の敷地に、約320坪の主屋などが建てられていました。

・その後、明治・大正を経て昭和初期には、敷地とともに主屋も約80坪に縮小され、現在の主屋は約43坪となっています。


主屋
北側の一部に、江戸時代後期(天保期)の姿を保ち、残されています。


土蔵とイチョウ(諏訪市天然記念物)
推定樹齢200年のイチョウは、雌木では市内最大のものです。
仏法紹隆寺の雄木のイチョウ(諏訪市天然記念物)と夫婦であるとの伝説があります。


表門
棟門と呼ばれる形で、江戸時代後期(天保期)の建物です。
かつては、敷地の西縁にあったものが、30mほど後退して現在地にあります。



 



<見学のご案内>
所在地:長野県諏訪市中洲1606
・諏訪大社上社、諏訪市博物館より車で約5分
・中央自動車道 諏訪ICより車で約10分


見学者用駐車場4台程度駐車できます。




<見学時のお願い>
敷地内(柵内)はご自由にご覧いただけます。見学にあたっては、次の点にご留意ください。
・建物は外観のみの見学となります。(建物内部は公開しておりません)
・敷地内は禁煙でお願いします。
・木からの落枝がありますので、頭上にはご注意ください。
・ゴミはお持ち帰りください。
・夜間の見学は、近隣住民の方の迷惑となりますので、ご遠慮ください。


 
 


お問い合わせ先
諏訪市教育委員会事務局 生涯学習課 文化財係
電話: 0266-52-4141
FAX: 0266-53-6219


 



関連リンク
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高島藩主諏訪家墓所(国史跡)
諏訪大社上社(重要文化財)
高島城(市史跡)
片倉館(重要文化財)
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電話番号:0266-52-4141(582)

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