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下社山出し〜棚木場→萩倉の大曲前

最終更新日:2010年4月15日(木曜日) 16時03分 コンテンツID:2-3-19-2969 [印刷用ページ]

諏訪全体が熱くなる!いよいよ式年造営御柱大祭が開催されました。大盛況だった上社に続き、下社の山出しが4月9日から3日間行われました。
今回は、上諏訪地区(秋宮二)の山出しの様子をお伝えしていきます!


棚木場には大勢の氏子の皆さんが集結。御柱はここから出発していきます

上諏訪地区は様々な地区が集まる大所帯。地区旗が揃うと大迫力

下社の御柱の出発地点は、木落とし坂より上る事約5kmの棚木場(たなこば)。木落とし坂を見つつ、徒歩で向かいます。
坂道を上っていくと、左手に高木十吉下諏訪町長の慰霊碑があります。昭和19年の御柱祭の際、秋宮一の御柱が曳行路から外れて、谷に落ちてしまい、その時、柱の先頭で指揮を執っていた為巻き込まれてしまったのが高木町長でした。町長の殉職を偲び、ここに慰霊碑が建立されたのです。
今でも、山出しが始まると氏子によって花が手向けられ、御柱祭の無事が祈られます。
慰霊碑を通り過ぎ、更に上ると棚木場が見えてきます。大勢の人が詰め掛け、御柱の出発を待っています。
秋宮二の御柱は、棚木場を出発し、木落としを経て注連掛(しめかけ)へ一日で曳き付けます。
事故無く無事に山出しの曳行が終わります様に。まずは綱渡りの神事が行われ、安全を祈願してお祓いを受けます。
神事が終わり、木遣りが鳴かれます。「奥山の大木 里に下りて神となる ヨイサー」の木遣りと共に氏子の「ヨイサー」の声が棚木場に響き渡ります。
いよいよ曳行の白旗が上がり、曳行が開始されました。曳行路は非常に狭く、柱と曳き子が通るだけで精一杯です。道の片側は場所によっては崖になっています。皆で力と息を合わせて安全な曳行を行います。
今回、秋宮二の山出しを受け持つ上諏訪地区は、諏訪市内の、諏訪湖周辺地区と上諏訪駅周辺地区の一帯が集まった大所帯。先頭を行く地区の旗もたくさん並びます。
下社の御柱は、上社の御柱と違い基本的にはメド梃子がありません。また、本来は木の皮をむかない上社の御柱に対し、下社の御柱は木の皮がむかれて曳行されます。今回、上諏訪地区の御柱は少し個性的で、小さなメド梃子が取り付けられていました。
上諏訪地区の担当する秋宮二の御柱は、皆がビックリするようなスピードで止まる事もあまりなくスムーズに進みます。
前を行く春宮三の最後尾を追掛けながら、御柱はいよいよ民家の建ち並ぶ地域に入り、このまま、山出し第一の難所、「萩倉の大曲」を一気に目指します。
萩倉の大曲とは、木落とし坂手前の萩倉集落沿いの大きくカーブした道を指し、御柱が通り抜けるのが難しい場所です。
上社の御柱が、難所などでメド梃子係の乗ったメド梃子を揺らしながら進行のバランスを取るのに対し、メド梃子が無い下社の御柱は、進行方向のバランスを梃子棒と綱の操作のみで取っています。
先頭から最後尾までの皆が息を合わせないと、御柱はとんでもない方向へ動いてしまうのです。
予定よりだいぶ早く萩倉地区へ到着した秋宮二の御柱。大曲の手前でお昼の休憩を取る事に。近くには「お宿」と言われる、地区の休憩所が並び、地区ごとに休憩を取ります。また、この間に、「山造り」と呼ばれる担当者(綱打ちや木造りの作業等の取りまとめを行う方達)が、柱や綱の状態をチェックし、損傷箇所等があれば、急ピッチで修復をして、この後の曳行に万全を期します。
いよいよ午後一番に、難所の曳行からスタートする秋宮二の御柱。そしてその後には山出しの大一番、大迫力の「木落し」が待っています。

 


曳行路は人人人!

綱を曳き梃子を入れる。御柱のバランスを取りながら慎重に進めます

曳行路途中にある高木下諏訪町長の慰霊碑。氏子により、花や酒が供えられます

御柱の通った後。木が削られて、神の柱の通った跡がつきます

御柱の最後尾に付いたトラックには地区や役名の入った提灯がずらり

上諏訪地区の山造の方々。御柱全体のメンテナンスなどを行います

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  • 企画政策課 情報推進係
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