Munehide Hosokawa

細川宗英常設展示作品 貸出についてご案内

松本市美術館にて、10月7日(土)~11月26日(日)の会期で開催される「彫刻家・細川宗英展 人間存在の美」へ、当館の細川宗英常設展示室より11点、収蔵作品より約80点の作品を貸し出しております。

貸し出し中、常設展示室では、普段ご覧いただけない、細川宗英の高校生の頃の自画像をはじめ、レリーフ作品など、貴重な作品を特別展示いたします。

松本市美術館での会期中、長野県内で細川宗英の作品を常設展示している、松本市美術館・美ヶ原高原美術館・諏訪市美術館の3館で相互割引も実施しています。この機会に、細川彫刻へ会いに出かけてみませんか。

当館の入館券の半券を松本市美術館・美ヶ原高原美術館の受付でご提示いただくと、団体料金でご入場いただけます。

※いずれの館も、他の割引との併用はできませんのでご注意ください。

■松本市美術館
松本市中央4-2-22  TEL 0263-39-7400
休館日:月曜日、祝日の場合は次の最初の平日

■美ヶ原高原美術館
上田市武石上本入美ヶ原高原  TEL 0268-86-2331
休館日:無休、ただし11月6日(月)から冬季休館


細川宗英常設展示コーナー概要

諏訪市に育ち、東京藝術大学に進学した細川宗英(1930-1994)は、日本における近代彫刻史に名を刻む彫刻家です。生涯のテーマとしていたものは、人間存在の追求でした。当館常設展示コーナーには、初期から晩年までの26点の作品を展示しています。諏訪市を代表する彫刻家・細川宗英の彫刻世界をご堪能ください。

細川宗英 略歴

1930年松本市に生まれる。1937年、小学校2年生の時に父親の仕事の関係で諏訪市に転居する。諏訪清陵高校を卒業後、東京藝術大学美術学部彫刻科に入学、1956年に同大大学院彫刻科専攻科を修了する。修了後は、同大彫刻科の副手や、跡見女子短期大学、すいどーばた美術学院での講師を務めながら国内外の展覧会に出品し、多くの受賞を果たす。主には、1956年の第20回新制作展における新作家賞、1965年の第8回高村光太郎賞、1972年の第3回中原悌二郎賞優秀賞など。1981年、東京藝術大学美術学部彫刻科の教授に就任し後進の指導にもつとめた。1994年、ガンのため逝去。享年63歳。

主な展示作品

盾を持つサントゥール 《盾を持つサントゥール》貸出中のため、ご覧いただけません。
樹脂/彫塑 1959年制作
1955年頃から1960年頃の初期に石膏直付け技法で制作された作品群の内の1点。イタリアの彫刻家マリノ・マリーニに影響されていた時代の作品でもあります。粘土の原型から石膏原型を取り、その後ブロンズ等に鋳造する方法ではなく、はじめから石膏で原型を作る技法で制作されています。ストレートに作家の感動を伝える手立てとしてこの方法を採用しているようです。なお、「サントゥール」をモチーフにした作品はこの石膏直付けシリーズのなかに4点あります。

作品1964 L3 《作品1964 L3》
セメント/彫塑 1964年制作
1962年から1967年までに制作された装飾古墳シリーズの1点。このシリーズはほとんどがセメントで制作された抽象彫刻です。ヨーロッパになくて日本にしかないような抽象をしよう、という気概のもと始めたシリーズであり、九州地方に多く存在する装飾古墳に着目して制作されています。なお、細川は《作品1964L2(装飾古墳シリーズ 14)(鬼の厠)》をはじめとした一連の本シリーズの作品で高村光太郎賞を受賞しています。

1971 男と女 《1971 男と女》
ブロンズ/彫塑 1971年制作
《男と女》と題された作品は1970年から1972年までに3点制作されています。作品は、どれも等身大かそれ以上のスケールで、そこには必ずパイプ(管)のような造形が組み合わされているのが特徴です。1年間の海外研修(アメリカ、ヨーロッパ、メキシコ)から戻ったおよそ2年後に制作されています。また、パイプ(管)の工業的な印象と写実的に表現された人体像とが対比され、現代社会の工業的発展を風刺しているという見方もあります。

道元 《道元》
樹脂/彫塑 1972年制作
禅宗である曹洞宗の僧侶・道元(1200-1253)の立像。裸体で表現されており、目には人間に用いる義眼がはめ込まれています。また、背面には座禅を組んだもう一人の道元が立像に背負わされているように表現されています。この頃の細川は「現代芸術咀嚼の上に新しい人間像を謳いあげて行く」という気概のもと、様々なモチーフに挑んでいます。



王と王妃 1973 《王と王妃 1973》貸出中のため、ご覧いただけません。
樹脂/彫塑 1973年制作
「王と王妃」シリーズは1971年から1986年までに7点制作されており、二人の人物が横並びになる構成で制作されているのが特徴です。「男と女」では男女どちらかの身体が大きく損なわれており、二人の関係性というものが感じられない表現となっていますが、「王と王妃」では、崩れや欠損の表現があるものの、視線が同一方向であったり、身体同士が繋がっているという表現のため、二人の結びつきが感じられます。なお、本シリーズで最初に制作された《王と王妃》(1971年)は岡谷市湖畔公園にも設置されています。


髪火流地獄の男(地獄草子・餓鬼草子シリーズ3 《髪火流地獄の男(地獄草子・餓鬼草子シリーズ3)》貸出中のため、ご覧いただけません。
樹脂/彫塑 1975年制作
1973年から1979年に制作された「地獄草子・餓鬼草子シリーズ」の内の1点。細川は、この制作について、「室町時代の暗黒の世界に六道思想を背景にする因果応法の理を図にしたこれ等の絵巻物に私は現代的人間の機械文明の恩恵とはうらはらに失なわれて行く人間性を見いだそうとしたのである」と語り、日本的で、よりなまなましい人間性をえぐり出そうとしたかのような表現が見て取れます。なお、髪(はつ)火流(かる)地獄とは、五戒を守っている人に酒を飲ませ破戒させた人間が落ちる地獄と言われています。


王妃像 No.1 《王妃像 No.1》
ブロンズ/彫塑 1984年制作
「王妃像」シリーズは、1984年から1993年までにエスキースを含むと7点が制作されています。シリーズの最初に制作された本作は、細川の代表作と言えます。「男と女」シリーズにおける社会風刺的な表現、「王と王妃」シリーズにおける二人の関係から導かれる人間性に焦点を当てた表現、「地獄草子・餓鬼草子」シリーズにおける日本的であり、よりなまなましい人間性をえぐり出そうとした表現等々を経て、細川が目指してきた人間存在の追求の到達点と言えるのがこの「王妃像」シリーズと言えるのかもしれません。


鳥がとまった 《鳥がとまった》貸出中のため、ご覧いただけません。
ブロンズ/彫塑 1988年制作
「王妃像」シリーズと並行して制作された、動物と人体を組み合わせたような表現が見て取れる晩年の作品群のなかの1点です。あぐらをかいた男性像で頭には鳥がとまり、《王妃像№1》と同様にブロンズに着色されています。細川はこの作品について綴った文章の中で「虚しさに、寂寥に、長い長い年月がたつと、ふうじこめられ、塊の細ぼそとしたものが残る。存在の極限であろうか。それが生きたあかしのきわみであろう。啄(ついば)まれ、たえた残れるもの、いつかは木がはえ鳥がさえずった時もあろうか。」と記すように、風化にたえて残った存在の核のような確かさと、牧歌的な穏やかさが同時に感じられる作品です。