御柱祭 地区の組織
最終更新日:2009年10月30日(金曜日) 08時57分 コンテンツID:2-3-19-2619 [印刷用ページ]
今回は、御柱を曳く各地区についてのお話です。
![]() 平成16年 中洲・湖南地区 本宮二之御柱 木落としの様子 |
諏訪大社には、大きく分けて二つ、「上社」・「下社」の2社があり、上社では前宮・本宮の2社、下社では・春宮・秋宮の2社の計4社によって神事等が行われています。
御柱祭では以下の様に、一つの宮ごとに柱を4本建てるので、計16本の柱を決められた割振りで地区ごと柱の曳き建てを行います。
御柱祭で曳き建てを行う16本の柱(クリックで拡大表示)
諏訪市では地区を3つに分けて、それぞれの担当の柱を曳きます。
明治17年、下社の担当地区の人口増加に伴い、それまで下社の柱を担当していた豊田地区と四賀地区が上社の曳行を担当することとなり、それが今日まで続いて現在の御柱祭の地区分けとなっています。
また、諏訪市以外の地区については、茅野市・富士見町・原村で上社の柱を、下諏訪町・岡谷市では下社の柱をそれぞれ担当します。
諏訪市の地区分けはおおまかに分けてご覧の通りです。
1. 上諏訪地区:下社の柱を曳行します
2. 中洲・湖南地区:上社の柱を曳行します
3. 四賀・豊田地区:上社の柱を曳行します
より大きな地図で 諏訪市の御柱祭担当地区 を表示
この大きな3つの地区分けの中から、さらに一つずつの地区の中で様々な分担を決めて、柱を曳行します。
今回は、御柱祭の上社の担当地区について、明治時代から一覧でご紹介していきます。
明治11年からの上社御柱担当地区(クリックで拡大表示)
現在上社では、各地区の抽籤総代によって毎回抽籤が行われ、各柱の担当地区を決めています。
明治17年以前は、諏訪郡の各村の人数割りによって柱の曳行の担当を決めていたのですが、明治23年の開催から抽籤による各柱の担当決めが行われるようになり、当時は下社も抽籤による決定が行われていました。(現在下社での抽籤は行われていません)
上社では、年明けすぐの抽籤式により担当の柱が決まると、担当の柱の寸法に合わせた木造りや綱打ちが始まります。
上社の御柱は一般的に、本宮一・前宮一→本宮二・前宮二・・・・の様に、柱が小さくなっていき、本宮一の御柱を曳く事が名誉な事だと言われています。
豪快かつ安全な大祭にするべく、各柱を担当する地区では細部にわたる組織作りや、多方面からの取り組みが行われていくのです。
地区の組織についての詳しいお話は改めてご紹介していく予定です。
お楽しみに!
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